伝える仕事は、
次の時代へ。
佐々木浩二 × 山田英之
~夕刊フジ・DANTESから
メンズヘルス啓蒙へ~
OUR GUEST
佐々木浩二
KOJI SASAKI
一般社団法人
産経新聞社
元「夕刊フジ」
山田英之
HIDEYUKI YAMADA
株式会社カレント
代表取締役
新聞の読者は、何に関心を持ち、どんな記事を読みたいと思っているのか。夕刊フジで報道や編集、新規事業に携わってきた佐々木浩二さんと、カレントの山田英之。知人の紹介で始まった関係は、健康情報の発信、商品やセミナー、男性向け情報サイトへと広がった。
仕事の合間に生まれた出会いや、コンサートの舞台裏も振り返りながら、話題は現在のEC運営とAIへ移っていく。記事をつくる方法も、商品を届ける仕組みも変わる今、これまでの経験をどう生かせるのか。
01
新聞の読者が求めるもの
2007年問題から2011年の震災を経て
健康情報へと向かった理由
佐々木
2011年の東日本大震災の時は産経新聞「夕刊フジ」の報道部長でした。震災の報道で大変な時期でしたが、それが少し落ち着いた翌年ぐらいに、山田さんと初めてお目にかかったと記憶しています。
報道部長という仕事はニュースを取り扱うのが一番の仕事ですが、夕刊フジではニュースだけでなく健康や読書、生活、株といった紙面も報道部長の担当でした。ニュース面と区別する意味で「中面」という呼び方をしていたんですが、その中面での連載が山田さんとの仕事の始まりですね。
中面の連載を充実させることは、夕刊フジの長年の課題でした。そもそも、ニュースは水物です。大きなニュースがあると売れるし、ないと売上が少し落ちる。毎日コンスタントに買ってもらうためには、連載を充実させる必要がある、ということです。
また、その頃は読者の中心が60代ぐらいに上がっていました。2007年に団塊の世代が退職して、サラリーマンの読者が減ってしまうということで、新聞各社が慌てたことがありましたが、読者の高齢化対策も大きな課題でした。では、60代の読者が何に関心があるのかと考えると、やっぱり「健康」の記事だったんです。
山田
健康をテーマにしていくということですね。
佐々木
当時、厚労省も医療費が大変だから、サプリメントを飲むなど自分で健康管理を、ということを言い始めていた記憶があります。そんななか、血液サラサラの提唱で有名な栗原クリニック日本橋の栗原毅先生はサプリメントに非常に詳しくて、あまり詳しくない薬剤師に指導するようなこともされていた。
山田
その一方で、医師が病院やクリニックで医薬品以外のサプリメントを売るのはけしからん、というドクターもいらっしゃいました。
佐々木
そうでした。掛け声はあっても、お医者さんの中にはサプリメントに否定的な人もいた。その中で山田さんが栗原先生とお知り合いだということを知り、夕刊フジで連載をしよう、という話になったんです。


02
水本さんの紹介から仕事がつながる
2012年ごろ 出会いと周辺の記憶
ワシントンとジョージタウン大学
山田
そもそも私たちが知り合ったのは、水本修二さんのご紹介でしたよね。
佐々木
そうだったと思います。アムウェイの仕事をされていた水本さんですね。2012年ごろだったでしょうか。
山田
当時、栗原先生が水本さんのお手伝いをされていて、先生をご紹介いただいたのと同じタイミングぐらいで、一度ご挨拶に伺ったんだと思います。
佐々木
その頃、アムウェイは日本の有識者や記者らをアメリカの大学の講座に派遣する取り組みをやっていましたね。
山田
行きました。私も行きました。
佐々木
水本さんから「誰か紹介してくれ」と言われて、うちの記者をワシントンへ派遣しました。そのつながりで、その後、山田さんをご紹介いただいたんだと思います。
山田
私も水本さんとワシントンへ行きました。ジョージタウン大学でしたね。
山田
ワシントンの桜祭りのドキュメンタリー番組の取材で、ニフコの小笠原光隆さんも一緒でした。桜祭りの番組をつくって、BS朝日と長野朝日放送で放送したんです。
時間のある時に、小笠原さんとホワイトハウスの近くへ行って、ミュージアムの歴代大統領の展示を見ました。ブッシュ大統領親子の写真を見て、小笠原さんが「親子でうちに来たんだよ」と。「うちって、どこですか」と聞いたら「自宅に」とおっしゃる。お父さんがパパ・ブッシュと同級生だったというお話で、驚きました。
ジャパンタイムズの印刷をめぐる相談
山田
それから、ニフコの小笠原さんやジャパンタイムズのこともありましたね。当時、ジャパンタイムズはまだニフコが持っていて、本社の地下3階に印刷機があったんですが、もう使えないということで、印刷を産経さんに委託するかどうか、という話が出ていた。その印刷をどうするのか、そもそも会社を売るのか売らないのか、という話もずっとあって、産経さんと組んで何かできないか、という話があったような、なかったような。
03
薬師丸ひろ子さんのコンサートが動き出す
2013年 それ以前の映画人との縁から
長谷川さんと遠藤さんとの出会い
山田
薬師丸さんの件はそもそも東映の遠藤茂行さんからの相談からはじまりました。
佐々木
遠藤さんとは、どうして知り合ったんですか。
山田
『ビー・バップ・ハイスクール』を手がけたプロデューサーの長谷川安弘さんと仲良くしていてその関係で遠藤さんと知り合ったんです。遠藤さんは、その作品の宣伝に関わっていらっしゃいました。
佐々木
その時は、もう東映ですか。
山田
はい。私が知り合ったのは、映画が公開されたかなり後です。たまにご連絡させてもらうぐらいで、私からすると大先輩でした。長谷川安弘さんは、薬師丸ひろ子さんの『探偵物語』にもプロデューサーとして参加されていて、当時中学生だった薬師丸さんに初めてルイ・ヴィトンのバッグをプレゼントした男と言われていたそうです(笑)。ご本人は覚えていないらしいんですが。
山田
そういうご縁で遠藤さんと知り合いましたが、それまで特に一緒に仕事をしたことはなかったんです。
佐々木
その頃、山田さんはカレントをつくって、モデル関係の仕事をしていたんですよね。
山田
そうです。タレントの映画出演やオーディションの売り込みで関係先を回っていました。
初めてのコンサートを引き受ける
山田
遠藤さんとは以前から面識があって、当時、遊びに行ったら突然、「ひろ子ちゃんのコンサートをやらせてあげたいんだけど、できる?」と言われたんです。
佐々木
遠藤さんが企画されたんですか。
山田
遠藤さんは、薬師丸さんのマネージャーをされていた頃から、長く現場に関わってこられた方でした。
東日本大震災で実現できなかったコンサートを、やらせてあげたいと。「できる?」と聞かれて「はい!?」と答えたものの、私はコンサートを手がけたことがなかったんですが…。
佐々木
どこかのプロモーターやコンサートの企画会社に頼んだということですか。
山田
結果としてキョードー東京に仕切ってもらいました。当時、仲良くしていた宮岸さんという、河村隆一さんなどのマネジメントをされていた方に、「こんな話があるんですが、どう思いますか」と相談したら、「僕、大ファンなんです」と言われて。
キョードー東京の国内部門にもファンの方がいるので声をかけましょう、となり、すぐに返事が来ました。日程もすぐに出してきた。会場を押さえないと作業が始まらないので、「この日程、この場所、この規模でどうですか」という話になりました。
遠藤さんに「こういう話になっていますが、どうしますか」と言うと、「やろう、やろう」と。薬師丸さんには個人のマネージャーさんがいらっしゃいましたが、その方が産休されていた時期で連絡もとれず、まだご本人の正式な了解もない中で話が進んでいて、「これ、本当にやるんですかね」と思っていました。
佐々木
それでも、会場を押さえたんですか。
山田
そうです。先に会場を押さえる作業と、それにまつわる事前にかかる費用など予算はキョードー側が立て替えてくれるという進め方でした。
佐々木
あれは渋谷のオーチャードホールだけでしたっけ。
山田
大阪の森ノ宮ピロティホールでもやりました。2公演ずつ、計4公演です。当時、レコード会社は東芝EMIというか、EMIでしたから、一度声をかけないわけにはいかない。「一声かけましょう」と言って、ご連絡しました。
武部聡志さんと
あまちゃんの追い風
次は「音楽(バンド)はどうしますか」という話になって、武部聡志さんのお名前が出た。「武部さんを押さえるんですか、大丈夫ですかね」という感じでした。
佐々木
今では欠かせない存在ですものね。
山田
武部さんのようなビッグネームのスケジュールを押さえるのは大変ですから、先に動きました。その頃、NHK朝ドラの『あまちゃん』も始まっていたんです。
佐々木
取材でも、そういう話になりました。『あまちゃん』で盛り上がっていて、宮藤官九郎さんにもコンサートをやるという話が伝わっていた。歌の話も含めて、ちょうど盛り上がっていた時期でしたね。
山田
何もない時にやるのとは全然違いました。期待も高まって、PRもうまくいった。公演の売れ行きもよくて、もっとやりたかったという思いがありました。
記者として忘れられないインタビュー
山田
その頃、薬師丸ひろ子さんのコンサートにもお誘いしましたね。「コンサートをやるんです」とお話ししたら、佐々木さんが「ファンなんです」と。それで「ぜひいらしてください」となった。
佐々木
Bunkamuraのオーチャードホールですね。2013年です。よく覚えています。
山田
時期的には2012年ごろに佐々木さんをご紹介いただいて、翌年にコンサートですね。
佐々木
遠藤さんとは、私も少しお付き合いがありました。東映の上司だった福永邦昭さんという名物宣伝部長とは、今も付き合いがあります。福永さんは最近、『実録!東映三角マーク宣伝部』(立東舎)という本も出されました。
山田
コンサートのプロモーションで、夕刊フジの人物インタビュー欄「ぴいぷる」にも出ていただいたんですよね。ちょうどコンサートの告知のための取材の話があったので、「『ぴいぷる』欄はいかがですか」となって。
佐々木
本当に感謝しています。私が薬師丸さんにお会いしたのは6月ぐらいでした。インタビューをさせていただいて。私はそれまで、1000人ぐらいの方にインタビューしてきたんです。夕刊紙の記者は、一つの部署だけにとらわれません。よく「政治家からストリッパーまで(取材した)」と言うのですが、政治家や経済人、スポーツ選手や芸能人はもちろん、外国の方も含め、ありとあらゆる方にお話を聞きました。でも、薬師丸さんにインタビューしてから、ほかに「インタビューしたい」と思う人がいなくなってしまった(笑)。一度、打ち止めになったんです。また、その頃は、記者というより編集者として仕事がメインになっていた。報道部長から新規事業推進室長、編集局長となって、取材の機会自体が減っていたのですが、あのインタビューは、本当に大きな転機でした。


04
健康連載を商品とセミナーへ広げる
2013年のサプリ事業から2014〜15年の連載 2017〜18年の健活手帖
栗原先生のサプリメントを販売する
山田
水本さんとのご縁から栗原先生のお話になって、最初は先生の健康に関する連載でしたね。
佐々木
栗原先生のサプリメントを売ろうという話もありましたよね。
山田
売りました。少しですが。通販サイトだけではなかなか難しくて、紙面と連動するような形で。
佐々木
栗原先生のオリジナルの商品でしたよね。
山田
そうです。製造メーカーはビタミンCでも有名な、ドクター向けサプリメントの会社です。
佐々木
私のGoogleカレンダーから山田さんとの打ち合わせの記録が出てきました。まず、2013年10月24日、「サプリ事業の打ち合わせ」とあります。
山田
そうです。分子生理科学研究所の「ワカサプリ」です。夕刊フジの連載は、第1弾「健康長寿のサプリ学」が2014年4月から1年間、第2弾「サプリで認知症予防」が2015年4月から1年間。商品販売に加え、紙面を通じた継続的な情報発信にも取り組みました。
カネカのセミナーと健活手帖
佐々木
カネカさんのセミナーもやりましたね。
山田
ありましたね。カネカさんにはセミナーでいろいろお手伝いいただきましたね。それから、別紙の健康情報誌も。
佐々木
夕刊フジの健康面の記事をまとめた特別版「健活手帖」ですね。
山田
そこにカネカさんのタイアップや純広告を入れていただいたんですね。
佐々木
「健活手帖」の広告は、もう少し後の話です。カネカさんのセミナーは、還元型コエンザイムQ10と認知症の話ですね。カレンダーには2015年8月22日と記録があります。その頃、山田さんと栗原先生の息子さんが来社して、打ち合わせをしています。
セミナーはもっと前から準備していて、3カ月前の2015年5月18日にも、セミナーの打ち合わせでカネカさんへ行っています。
山田
行きましたね。確かに。


05
男性の健康情報を届けるDANTES
2019年の構想から2020年6月の公開へ
DANTES(ダンテス)は、夕刊フジが2020年6月1日に公開した男性向け医療・健康情報サイト。順天堂大学の堀江重郎教授を特別顧問に迎え、専門医の監修による情報発信に加え、クリニック検索やセミナーなども展開した。カレントは立ち上げ支援と運営事務局に関わった。
男性更年期の体験から生まれた
DANTESの構想
山田
DANTESのお話の出発点には、僕自身が男性更年期障害になったことがありましたね。いろいろなクリニックに行っても、なかなか不調の原因が分からなかった。最終的に、銀座上符メディカルクリニックの上符正志先生のところで血液検査を受けて、テストステロンの値が低いことが分かったんです。
そこでエナルモンデポー(※男性ホルモンの注射剤)の注射を受けたところ、僕の場合は数日で体調がよくなったと感じました。その後もしばらく治療を続けながら、塗るタイプの製剤などについても調べていました。個人輸入で入手したものもありましたし、国内では「グローミン」の大東製薬工業さんにお話を聞きに行ったこともありましたね。
佐々木
そうでしたね。山田さんから男性更年期障害の話を聞いたのは、すでに治療を受けて、少し落ち着かれた頃だったと思います。2019年のことですね。
私はその年の6月から夕刊フジの代表を務めていました。紙の新聞の売上が今後ますます厳しくなることは当然分かっていましたから、これまでの読者に対して、新聞以外の形で何か提供できないかと考えていたんです。
そのひとつの策として、夕刊フジが長く取り組んできた男性の健康について、もう少し違う形のサービスやコンテンツをつくれないかと考えていた。そんな時に、山田さんから男性更年期障害の話を聞いた。これは調べてみる価値があると思いました。
山田
僕自身の体験と、佐々木さんが新しい事業を考えていたタイミングが重なったんですね。
佐々木
まさにそうです。山田さんの体験を聞いたことで、事業として取り組むテーマが見えてきたんです。
堀江先生との連携は
夕刊フジの連載から
佐々木
それで、2019年の夏に大阪で開かれた日本メンズヘルス医学会に行きました。会場は梅田スカイビルでしたね。そこで、堀江重郎先生のお話を聞いたんです。
堀江先生は、それ以前にも夕刊フジの健康面で、取材に答えていただいたことがありました。ただ、私は直接の担当ではなかったので、面識はありませんでした。
学会の後、改めて先生にお会いして、テストステロンをはじめとするメンズヘルスの連載をお願いしました。最初は、紙面からのアプローチだったんです。
山田
夕刊フジで連載されていましたね。
佐々木
それまでにもコメントをいただくことはありましたが、先生に連載を持っていただくことを決めたのは、その時でした。そこから長く続けていただきました。
一方で、紙面の連載だけでは、届けたい人たちに十分届いていないという思いもあった。それなら、堀江先生の協力も得て男性医療に関するWebサイトをつくってみようと考えたんです。それがDANTES(ダンテス)のきっかけです。
新聞の外へ届けるために
過去のWeb事業の経験を生かす
佐々木
実は、私がWebサイトを立ち上げるのは初めてではありませんでした。2004年に、アフィリエイト広告で有名なファンコミュニケーションズの創業者、柳澤安慶さんと「夕刊フジBLOG」というサイトをつくったことがあったんです。
山田
その事業のずいぶん後ですが、柳澤さんには、僕も一緒にお会いしましたね。
佐々木
2004年当時は、ブログが出始めた頃でした。夕刊フジにはすでにZAKZAKという公式サイトがありましたが、それとは違う形で記事を届けられないかと考えたんです。
ただ、新聞社がブログを運営して、記事にコメントやトラックバックが付くということに、社内ではかなり抵抗がありました。「問題が起きるのではないか」と。それでも、こういうものには早く取り組んだ方がいいと主張して始めました。夕刊フジBLOGは「日本の新聞社初のブログサイト」として、各方面から大きな反響を呼びました。2004年の年末にはその年の「ウェブ・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされ、総務省主催の講演会で私が夕刊フジBLOGを紹介したこともありました。
そうした経験があったので、Webサイトの立ち上げ方は分かっていました。山田さんにもいろいろなサイトを手がけてきた経験がある。それなら一緒に立ち上げようとなったわけです。
コロナ禍での船出
男性が元気になるサイトを目指して
佐々木
DANTESは2019年に構想を進めて、翌2020年3月に始める予定でした。ところが、その準備をしている時に新型コロナウイルスのニュースが出てきたんです。
最初は新聞でも、それほど大きな扱いではありませんでした。ただ当時、編集局長だった私は、部下の報道部長に「これは注目しておいた方がいい。必ず続報を載せてくれ」と指示したのを鮮明に覚えています。まさか、それが自分の新事業にとって、あれほどの逆風になるとは思っていませんでした。
山田
同じ健康の話ではあっても、世の中が向き合わなければならない問題が、まったく違うものになりましたね。
佐々木
そうなんです。世の中が感染を防ぐことに必死になっている時に、「テストステロンを高めてもっと元気になりましょう」と呼びかけるのは難しかった。
堀江先生と当初話していたのは、DANTESを男性の病気について説明するだけのサイトにはしない、ということでした。病気ではなくても、予防に関心がある人や、もっと健康で活動的になりたい人に向けたものにしようと。
男性が元気になるサイトをつくる。それは、夕刊フジの創刊以来のテーマとも合致していました。
コロナで状況は変わりましたが、準備は進めていましたから、とにかく始めようと決めました。予定より3カ月遅れて、2020年6月にスタートしたんです。


健康からファッション
生き方へ広がった
俺活
山田
DANTESは、堀江先生の啓発活動ともつながっていましたね。当時は、男性更年期障害を診ることができるクリニックや、そういう診療があること自体、まだあまり知られていなかったと思います。
佐々木
もちろん、病気や治療に関する情報も扱いました。ただ、それだけではなく、運動や生活習慣、男のファッションなどにもテーマを広げていったんです。生活の中から、元気や意欲を取り戻すきっかけをつくりたかった。
その流れで、山田さんにご紹介いただいた作家の潮凪洋介さんに、男性の生き方についての連載もお願いしました。その連載から出てきたのが「俺活」という言葉です。男性が「僕」や「私」という役割の中だけでなく、「俺」として、自分自身の人生を生きようという考え方ですね。
潮凪さんの連載記事がYahoo!ニュースでも読まれるようになって、反響があったので、Facebookにコミュニティをつくりました。一時期は700〜800人ほどが集まったんです。夕刊フジの連載やDANTESでの掲載から、そういう広がりも生まれました。
山田
50代、60代になると、身体の変化だけではなく、気持ちや意欲の変化も重なってきますからね。健康の話と、生き方の話がつながっていたんだと思います。
やる気を支える身体
自分の変化に気づくこと
佐々木
夕刊フジでは、健康に限らず、いろいろな連載を通じて「元気になろう」と伝えてきました。でも、言葉で「やる気を出しましょう」と呼びかけるだけでは、届かないこともあるんです。
何かに挑戦する目標を示しても、そこに向かって動く力がなければ、なかなか行動にはつながらない。まず、その人が動き出せる身体や状態を考える必要があるのではないか。それもDANTESを始めた動機の一つでした。
そこで、テストステロンというテーマに関心を持ったんです。意欲との関係については、テストステロンがどの程度影響しているのか、医学的に素人の私が簡単に言えることではありません。ただ、身体の調子を整えることが、何かを始めるきっかけになるのではないかと考えていました。
山田
僕自身も、治療を受けて身体が楽になると、気持ちが上向くきっかけになると感じました。運動をした時にも、以前とは身体の反応が違うように感じて、それがまた運動を続ける意欲につながっていったんです。
佐々木
そういう変化が、モチベーションになりますよね。専門の先生方とお話をしていても、不調が改善してから、ジムに通い始めたというような話を聞きます。
ただ、男性更年期という言葉を知らなかったり、不調を感じても病院に行かなかったりする人もまだまだ多い。情報を届ける意味は、そこにあると思います。
山田
身体だけでなく、気持ちの変化にも気づきにくいんですよね。
僕も調子が悪かった頃、電話のユーザーサポートで感情的になったことがありました。自分が怒鳴っている、その声に自分で驚いたんです。「これはちょっとおかしいな」と。
一方で、気分の落ち込みが男性更年期によるものなのか、うつ病など別の問題なのかは、自分では判断しにくい。そこは悩ましいところでした。
佐々木
私も医師ではありませんから、原因を決めつけることはできません。ただ、DANTESや夕刊フジの健康連載を通じて、中高年男性の意欲や心身の不調について、もっと知ってもらう必要があると感じました。その思いは今もあります。
06
健活手帖のリニューアルと
メディアの転換
DANTESから健活手帖のWeb展開 そして夕刊フジ休刊へ
男性向けの情報発信から
健活手帖のリニューアルへ
佐々木
DANTESの理念自体は、今も間違っていなかったと思っています。栗原先生のサプリメントの事業もそうでしたが、予防や健康づくりを重視する社会の流れを見ながら取り組んでいました。
ただ、理念に共感してもらうことと、事業として広げていくことは別でした。マーケティングの面では、足りないところもあったと思います。
DANTESが情報を届けたかったのは、病気ではないけれど、もう少し元気になりたい、何かを始めたいという男性でした。ところが、そういう人たちに、自分から健康情報を見に来てもらうことが難しかったんです。
すでに関心の高い人は、ジムにもクリニックにも通っている。その手前にいる人たちに、どう関心を持ってもらうかが課題でした。
山田
必要としている人に、まだ自分のこととして受け止めてもらえていない難しさがありましたね。
佐々木
そこで、健康に関心のある、より幅広い層に向けた展開を考えました。以前から紙で出していた「健活手帖」をリニューアルし、女性に向けた内容も取り入れて、Webサイトもつくることになったんです。
最初に紙の「健活手帖」があって、その後にDANTES、さらにその後に「健活手帖」のWeb版という流れです。
もともとの「健活手帖」は、夕刊フジの健康面をまとめた男性向けの別冊でした。カネカさんの広告を掲載していたのも、その頃のものです。
その後、夕刊フジと産経新聞社の新規事業部門、産経デジタルの三者で健康系のWebサイトの立ち上げに取り組むことになり、特別版の紙面の内容やロゴも変えました。エメラルドグリーンのロゴになったのは、そのリニューアルの時ですね。
山田さんには、この時もご協力いただきました。健康への意識が高い女性の方々を集めていただき、座談会を開いた。ああいう方々をご紹介いただけるのは、山田さんならではだと思いました。


夕刊フジの休刊と
情報の届け方の変化
佐々木
その後、2025年1月に夕刊フジは休刊することになりました。私は2019年から2023年までの5年間、最高責任者の「代表」という職に加え、編集局長と営業局長も兼務していたので、私の責任は免れない。新聞事業の存続のため、あらゆる努力をしました。DANTESや健活手帖もそのひとつです。しかし、紙の新聞に押し寄せてきた逆流は、個々の新聞社や記者の努力だけではどうにもならない。私の代表退任後に休刊せざるを得なくなったのは時代の大きな流れに飲み込まれた結果だったと思います。
そして、DANTESも健活手帖も、夕刊フジがコンテンツの供給元になっていました。その夕刊フジがなくなることで、こちらも終了することになったんです。
ただ、紙からWebへ移れば、それですべて解決するわけでもない。今は、Webサイトに情報を掲載して読みに来てもらうという方法自体も、変わりつつあると感じています。
山田
また、新しい情報の届け方が生まれてきそうですね。
佐々木
次にどんな形になるのか、正直、簡単には想像できません。3年後に、みんながどんな道具を使ってどんなスタイルで情報に触れているのかも分からない。
07
新聞も仕事も形を変えながら続いていく
ここからは対談時点の仕事と考え方
変わる道具と残る経験
佐々木
新聞は30年、50年、100年と続いていくものだ、という感覚がありました。でも、会社もメディアも、社会の仕組みそのものが変わっていけば、そんなに長く同じ形で続けられるメディアやビジネスはないのではないか、という気がします。
山田
スタイルや形は変わっても、やっていること自体は一緒なのかもしれません。インターネットからAIへ、仕事のフィールドや使うものは大きく変わっていく。その分、対象となるエリアも広がっていくと思います。
佐々木
AIをみんなが使うようになったらどうなるのか。みんなが高いスペックの中で戦うことになりますね。
私は30年くらい前からパソコンを買って、こつこつやっていたんですが、インターネットが出てきた時には、新しく入ってきた人にあっという間に逆転された。やっと追いついても、その後はスマートフォン、SNS、そして今度はAI。積み重ねてきたことが、一気に追い抜かれるのがこの業界です。
山田
ゲームチェンジのようなところがありますよね。
佐々木
一度終了して、「はい、次」という感じ。そのたびにアップデートしていく元気があれば続けられるけれど、最近のパソコン業界界隈は昔からやってきた人が、昔話をするしかなくなってしまったところもある。
山田
でも、その昔話も、次のステップへの積み重ねにはなりますよね。
佐々木
実はそうなんです。シニア向けのコンテンツという意味で考えると、それが価値になる。昔話を書いている人のサイトが、コンスタントに読まれていたりしますよね。考えてみると、日本はいまや2人に1人が50歳以上という「中高年の国」です。そのわりにシニアに向けたビジネスやサービスが圧倒的に少ない。これは大きな問題ですが、逆に大きなビジネスチャンスでもある。
08
経験をWebに残す
AIでつくったカレントのサイト
対談時点 サイト制作と検索への取り組み
自分でサイトをつくり
公開する
山田
今、カレントのサイトの中に対談コーナーをつくって、コンテンツを充実させようとしているんです。
今のWebサイトも、Chat GPTでデザインを考えて、ClaudeでWordPressに入れるファイルを作り、アップロードは自分でやりました。もともとWordPressやドメイン周りも、ほとんど扱ったことがなかったんです。「どうしたらできますか」と聞きながら、公開するところまでできました。
佐々木
このサイトを一人でですか。
山田
そうです。業者には頼まずに。「できるんだ」と思いました。その後、SEOの監査も頼むと、できていないところがたくさん出てきた。タグなどを見直していくと、項目が膨大で、今までSEOの専門家はこういうことをやっていたのか、大変な仕事だなと感じました。
佐々木
以前、SEOのコンサルティングを受けた時には、検索で上位に行くには共通のキーワードを含む記事を50本から100本ぐらいつくらなければいけない、という話がありました。それだけの記事をつくるとなると、何人ものライターさんに、かなりの時間をかけて書いてもらう仕事でしたよね。
それが今は、例えば「テストステロン」というキーワードだけで、1000本ぐらいの記事を10分ぐらいでつくってしまう、というような話になる。アップする方が大変ですよ。それより大変なのは、それを読む方。まあ、全部読む人もいないでしょうが(笑)。でも、サイトがおっしゃるような経緯で、ある意味簡単にできてしまうというのは驚きです。
検索で見つけてもらうために
山田
そうなんです。全国に「カレント」という会社がたくさんありますが、以前はGoogleで検索しても、自分のページは10ページ目ぐらいに、断片がちょっと出てくる程度だった。ところが夜にサイトを上げて、朝見たら1位になっていたんです。
佐々木
カレント社の中での選手権みたいなものですね。
山田
当然、自分のブラウザーで見ていますから、「シークレットモードで見なさい」と言われて、そちらでは4位でした。とはいえ、4位になっていた。単純に、他のカレントという会社のサイトが、それほど整備されていなかったのかもしれません。みんながゆっくり進んでいる中で、一人だけ走ったようなイメージです。
佐々木
今はAIの要約だけ見てWebサイトを訪問しない「ゼロクリック検索」が問題になっていますが、Google検索の最初の方に出てくることには、まだ意味があります。それに、こうしたインタビューでは、いろいろな言葉が出てきますよね。以前のカレントのサイトにはなかったワコールの話や、昔懐かしいMカルロの話まで出てくる。そういうものが集まることで、AIで調べた時にも見つけられるようになるのかなと思います。
山田
こういうインタビューの元になる経験は、AIが勝手につくれるものではないですからね。自分たちが実際に経験した、完全にオリジナルの話です。
それで、ECサイトだけでなく、会社のWebサイトもちゃんとしようと始めたんです。最初は結構ガチャガチャするんですが、ある程度できてくると、仕上がりもいい。ちょうどGPTAstraのモデルが出たタイミングで、推論の設定を「極めて高い」というような設定にして作業させたら、デザインも一発で出てきました。「やっぱり違うのかな」と。そのまま組み込んで公開したら、自分の名前での検索も翌日には1位になっていました。グーグル検索のなかではいまからつくるAIサイトは圧倒的な優位性があるのかもしれませんね。
09
国境を越えて商品を届ける
現在のECと物流 海外展開の経験
中国から日本へ
海外へ
佐々木
日本国内だけで勝負するには限界があって、数年後には、もっとグローバルにビジネスをするようになるのではないかと思っています。AIのようなツールがあれば言葉の壁が低くなりますし、距離や物流も改善して、物が早く届くようになる。
山田
例えば、今うちが使っているDeRossiの通販の配送の条件だと、ランジェリー1セットぐらいの大きさなら、中国からの送料が100円ほどなんです。
佐々木
そんなものなんですか。
山田
はい。ただ、届くまでには2週間ほどかかります。
佐々木
Amazonで頼むと、そういう商品が届くことがありますね。
山田
倉庫、物流、仕組みがどんどん最適化されている。最終的には飛行機やトラックで運ばなければいけませんが、そのコストがそこまで下がると、商品は全部中国に置いておいた方がいいのではないか、という考えも出てきます。
国内から送ると離島などでは高くなることもありますが、私たちが使っている配送では、離島でも同じ料金です。屋久島のお客様にお届けすることもあります。
佐々木
でも不思議ですね。中国から日本に運んできたら、日本の中は日本の物流会社を使うわけでしょう。
山田
そうなんです。元払いなので、途中でどういう料金設定になっているのかまでは分からない。それでも、その条件で運んでもらえる。海外へ送ることもできるわけです。
アメリカへ送った時も、多分、日本より早く着くんです。便が多いのか、そこはよく分かりませんが。
そう考えると、物流を中国に置いて、別の場所からストアやプロモーションを動かすことができる。決済の仕組みも含めて、昔とはずいぶん変わりました。
為替で売上が上がったり下がったりする問題はありますし、自社在庫やオリジナル商品を持つなら、また別の話です。ただ、ECを使った小売店として、売れる物を、売れるところへ届けるという考え方はできる。
災害や天候の影響もあります。雨が続いてトラックが入れない地域があれば、配送も難しくなる。一つのエリアだけを見ていると、そうした影響も受けます。
どこにでも売れるか、ということも考えながら通販をやっていく。その物を売る仕組みに、コンテンツの話がつながってくるんです。
同じ商品を世界の誰かが売っている
佐々木
こういう日本人向けの商品は、海外でも同じように売れるんですか? 着用モデルが外国の方なので、あまり関係ないのかとも思うんですが。
山田
仕入れサイト自体がグローバルに売っているんです。それを日本で展開しているだけなので、日本人向けに用意された商品ではありません。
佐々木
では、アメリカにも山田さんのような人がいて、同じように売っているんですね。
山田
やっている人はいます。
佐々木
ただ、カレントの事業のような仕組みでやっている人は、まだ少ないということですか。
山田
そうだとは思います。ただ、SNSなどを見ていると、一人で大きな規模の事業をやっている人の話も見かけます。商品や狙う隙間は、それぞれ少しずつ違うのでしょうけれど。
佐々木
昔の新聞記事の企画なら、「AIで成功している人たち」という切り口で、そういうビジネスをしている人たちを紹介しようと考えますね。ただ、山田さんからすると、そういう人はあまり増えない方がいいんでしょう。
山田
多分、一通りは増えると思います。大きなベンダーもありますし、ECの会社も、大企業も、洋服屋も下着屋もたくさんある。皆さん、商品を売っているわけですから。
10
商品の魅力を記事と動画で伝える
DeRossiの特集と情報発信
商品を売るサイトに読み物を加える
山田
SNSがあって、広告を出して、コンテンツを配信する。最近、DeRossiでは記事を上げているんです。以前話していた「記事の中で商品を売る」という形ではなく、商品を売っているサイトの中に記事を足していく。
ランジェリーの特集ですが、私はもともと下着の専門家ではありません。そこで、AIに記事づくりを手伝ってもらっています。
佐々木
消費者は商品にストーリーを求めますよね。長い文章や解説を全部読むかどうかは別として、そこの部分なのかなと思います。
山田
まだ始めたばかりなので、どこまで効いているかは分かりませんが、ボディーブローのように効いてくればと思っています。
例えば、青い商品の特集やコルセットの企画。黒と赤のランジェリーを取り上げる特集もつくっています。
佐々木
それを書いてもらうんですか。
山田
はい。「新商品を投入しました。黒と赤が売れています。今日の記事はどうしたらいいですか」と相談すると、「黒と赤のランジェリーについての記事にできますよ」と、構成から考えてくれるんです。
スマートフォンから記事づくりを指示して、Shopifyへの掲載作業まで頼めるところも出てきました。
今、最後に詰めているのは、「これをメルマガにして配信してください」というところ。
商品を出す。それを記事にしてサイトに上げる。それをInstagram、X、FacebookなどSNSで紹介して、メールマガジンやLINEにもつなげる。そういう流れがほほ半自動でできてきました。
スマートフォンから「今日の記事を考えて、それぞれに出して」と指示できて、毎日続けられたら、少しずつ効いてくるのではないかと思っています。
佐々木
記事についていろいろ考えてきましたけれど、電車に乗っていても、こういう商品を買う女性の皆さんは読んでいますよね。読むことで、最終的な判断や決断をしているのではないか。そう思うと、きれいな写真を載せただけでは、最後に背中を押すには弱い、やはり文章が必要だということになりますね。
山田
いろいろなプラットフォームで、いろいろな人がランダムに見ています。最終的にGoogleから来るのか、MetaのSNSから来るのか。どこに着地し、どこにショッピングカート、つまりお店があるかも含めて、入口がたくさんある。
一つのネタを、いろいろな場所へ広げていく考え方です。英訳すれば、海外へ伝えることもできる。ただ、今は海外向けの配送と決済を止めているので、海外には販売していません。
仕入れ先の動画とモデル撮影
佐々木
Instagramなどで流れている動画は、どうしているんですか。
山田
大半は、仕入れサイト側がつくっているものです。ちゃんとモデルを撮影しています。それとは別に、すべての商品に動画があるわけではない、という問題もあります。
佐々木
今は、ご自身でモデルの撮影などはしていないんですね。
山田
やっていません。全然やっていないです。
11
AIを日々の店舗運営へ組み込む
商品選定 登録 設定の見直し
売り方の違う店を育てる
佐々木
アパレル全般を見ると、商品も店舗もたくさんあって、人も雇っています。その中で市場がどうなっていくのかは気になります。
日本では若い人が減って、高齢者の割合が増えている。そこに、まだ開拓されていない市場があるのかもしれない。一方で、至るところにユニクロもあります。
私自身も、服を買う頻度は減りました。年齢とともに減りますよね。事業として、今の取り組みの次にやりたいものは考えていらっしゃるんですか。宝石も始められましたよね。
山田
売り方の違いがあります。DeRossiの売り方があり、服のCAXULの売り方がある。狙う隙間や、力をかけるところが少し違う。
DeRossiについては、完全な「自動販売機」のような状態を目指しています。商品を選ぶところも、もう少しでできるのではないかと思っているんです。
山田
過去の売上データを見れば、売れ筋は分かります。そこから、次にどんな商品が売りやすいか、利益が出やすいかを考えて、商品を探してもらう。ただ、仕入れサイト側などの制約があって、そこまではまだできていません。
佐々木
探させるというのは、AIエージェントにですか。
山田
そうです。作業を進めるエージェントの機能を使って、そこまでできるようになればと思っています。
エージェントを使って進める作業
佐々木
それはClaude Codeのようなものですか。
山田
Claude Codeと、ClaudeのCoworkのようなエージェントの方ですね。
佐々木
Claude Codeを触ってみたんですが、プログラマー向けという感じで、そこで止まってしまって。
山田
普通の文章で指示して作業を頼めるものもあります。ただ、どこまでできるか、どのくらい正確にできるかは、実際に使って確かめていく必要がありますね。
今できている範囲では、自分で見つけた商品をShopifyに取り込んだ後、ClaudeやGPTに登録作業や見直しを進めてもらっています。商品やサイトの構成はMeta広告にも連動しているので、影響を与えないようにする必要があります。
その中で、改善できるところを監査してもらい、修正を進めています。以前なら、自分の能力ではとてもできなかったところまでやってもらっています。良いか悪いか分からない部分もありますけれど。
さらにGoogleとも連携しているので、Merchant Center、広告、アナリティクスとの設定や連携、最適化も見てもらって修正している。それはClaudeでやっています。
GPTとClaudeとGeminiを使ってみて
山田
感覚的には、Claudeは作業が上手なんですが、センスがあまりよくないと感じることがあります。(笑)つくってくるものがダサいとか、発想が少し微妙とか。GPTの方がセンスがいいように感じるんです。あくまで個人の感想です。(笑)
山田
会話している分には、私はGPTの方が好きです。Claudeは、作業はできるけれど、少し不愉快に感じるような応答をすることがある。
佐々木
Geminiは使わないんですか。
山田
Google関係の検証には少し使っていますが、自分の用途では、あまり役に立っていないですね。
佐々木
私はGeminiとClaudeの有料版を使っています。山田さんと同じことをしたいわけではないので、何がいいのか、まだ分からないところもあります。エージェントを使いたいと思いながら、プログラマー向けに感じて、そこで止まってしまったんです。
「何をしたいかをわからないと何とも言えない」とは思いますが、普通にエージェントを使うとしたら、どうなんでしょう。
山田
いわゆる作業ですよね。
佐々木
そうです。会社での作業も含めて。自動化できれば、ほかのこともできるのかなと思って。
12
記事の価値を決めるのは読者
佐々木さんの編集経験とAI時代の変化
記者同士の同人誌ではない
佐々木
山田さんのWebリニューアルや販売方法へのAI活用については、大変刺激を受けました。そういうことができるようになったという話は、もっと発信した方がいいですよね。記者やエンジニアの仕事も、変わってくるわけですから。
山田
記者ということで言うと、コンテンツの中身のレベルはいろいろあると思います。
佐々木
それはあるでしょうね。でも、読む側が記者と同じ基準で読んでいるか、という話なんです。
これは、私が編集長として記事をつくっていた頃から記者に言っていたことです。記者同士が読む同人誌なら、書き方とか取材時の質問の方法などについて、いろいろな批判があるかもしれない。でも、実際に読むのは読者です。
つい最近も、AIで書いた小説に文学賞を与えない、というような話がありましたよね。一方でその本はベストセラーにもなっている。読者は「AIで書いてあるから、とても読めない」とは思わないわけです。つくる側と読む側では、見ているところが違う。
佐々木
普通にカレントのサイトを見て、よくできているなと思いました。一方で、何年か前に大金を払ってシステム会社につくってもらったサイトには、古い部分や見た目がよくない部分が残っている。
デジタルやネットの世界における生産物は、何百年も続く伝統工芸品ではありません。ここ数年の間に出てきたものが、新たな技術でどんどん入れ替わるのが当然の世界。それに関連する仕事のやり方もどんどん変わっていく。そのことを、もっと多くの人に理解してもらいたいと思います。
13
CSUで企業のデジタル基盤を整える
対談時点の支援事業と集客
紹介からWebでの新しい出会いへ
佐々木
ところで山田さん、最近外出されていますか?
山田
今はMetaの設定サポートで、CSUというサービスもやっているので、打ち合わせや、契約先へ伺って設定をする時には、外へ出ています。
佐々木
お客様がいらっしゃるんですね。それはよかった。
山田
今年の4月ぐらいに集めて、今は7案件ぐらいやっています。
佐々木
それはすごいですね。
山田
紹介だけでやっていたんですが、Webからも新規のお客様を集めようと思って、そのためのサイトをつくり、広告を配信し、Googleを設定して、資料をつくり、資料をダウンロードする仕組みもつくりました。一通りのことを、自前でできるようになったんです。
今は広告代理店とも話をしています。その代理店のお客様の中で、設定が十分ではないところをお手伝いしましょう、と。そのためのサービスページも準備しています。
佐々木
そういうことが、外へ出る機会にもなりますね。
14
メンズヘルスで
もう一度実現したいこと
過去の提案を振り返り 今後の構想へ
経験を生かせるサイトの仕事
佐々木
これから何をやっていくか。私ぐらいの年齢の方々の最大の悩みだと思います。私の場合は山田さんのように物を売ることには慣れていませんし、そのことに自分がどの程度興味を持てるかも分かりません。やはり、情報を扱うことに関わる仕事に関わりたいと思っています。その場合、AIはどう使えるでしょうか。
山田
サイトを管理しているエンジニアの方と一度お話をして、ClaudeでもGPTでもいいので、サイト全体を点検する方法はあります。タグの付け替えやディスクリプションなど、SEOの設定に漏れがあるかもしれません。古いサイトほどコードも古いままになっているので、無駄なものを整理し、内部を見直していく。
それからGoogle周り。GAやタグマネージャーなどが、どこまで設定されているかも点検できます。
佐々木
Webサイトで情報発信をするときには、そうしたチェックはいまでも重要ですね。問題は何を発信するかということですが、例えば、山田さんにも関わっていただけたらと思うのは、メンズヘルス関連の情報発信です。まだ十分に手がつけられていないこの分野のサイト作りや情報発信をやってみたいなと思っています。
山田
お手伝いできます。今の流れでやれば、ずいぶん変えられると思います。
佐々木
システム会社に頼むという形でなくてもできるわけですよね。
山田
サイトを上げて、管理するところまでできる。その過程を見ながら、学んでいくこともできます。今までは、エンジニアではない私たちが、Webや仕組みを使ったビジネスに関わる時には、誰かに頼む作業が必ずありました。それがかなり減る。「これ、いいな」と思ったら、すぐに試せるようになっているんです。
記事をつくって投稿して配信することも、毎日何となく考えていて、夜、寝ながら「こういうことができるのでは」と思い、朝やってみるとできる。そういう感じです。
健康と意欲を支える
次の情報発信
佐々木
AI導入によって、好奇心や仕事への意欲が増したという好例ですね。AIで生産性を上げようという話が盛んですが、大前提として、AIを使う人間に「何かやってみよう」という意欲がなければ、道具があっても動き出せません。そういう意味で「男性を元気にする」メンズヘルスの取り組みはよりいっそう重要だと考えるのです。
山田
実際にAIを仕事で使っていても、意欲や集中力はかなり必要だと感じます。頭と身体、それから何かをやろうとする気持ちは、切り離せないですね。
悩みを抱えた方がAIで情報を調べる機会も増えていくと思います。そこに、学会や専門家が発信する医学情報が届くようにする。そういう取り組みは考えられそうです。
佐々木
ぜひ、また一緒に医療関係者や学会に提案したいですね。学会で話題になったテーマなども見ながら、次にできることを考えていきたいと思います。
15
やりたいことを
一つずつ形にする
AIの課題と事業を続ける実感
昨日できたことが今日できない
山田
AIでいろんな作業がすぐできるようにはなってきたんですが、やはり手はかかります。再現性が、まだ100%ではないんです。
一度できたから、「では、このパターンでもう一度やりましょう」と言ったら、できない。「なぜできないの、君」となる。「昨日やったことをもう一度確認して、ちゃんと再現して」と言っても、できないことがあります。そこは悩ましいですね。
そういうことも含めて、ツールを扱う側の練習や修練は、まだ必要です。思ったことが簡単に全部できるわけではありません。
ただ、今まで全くやっていなかったことを試してみたら、「できるじゃないか」となる。そこはすごく面白い。「では、これも、あれも」と。しばらく触っていなかったところも、「今ならできるのでは」と試したら、すぐに全部できてしまったりする。そういう感じです。
売れる実感が次へ進む力になる
山田
もしなにか事業にかかわるとしたら、なるべく早い段階で、お金になることがいいと思います。DeRossiもCAXULも、作業は結構面倒で難しいし、「えっ」と思うこともたくさんあります。いろいろなお客様もいて、しんどいこともある。
それでも、物が売れてお金が入ってくると、ぱっとアドレナリンが出るんです。物が売れないと、前へ進めない。
ここ2カ月ぐらい、少し安定しなくて。今まで売上がゼロの日はなかったのに、2日連続でゼロになったことがあって、「これは大丈夫かな」と落ち込んだこともありました。
でも、いろいろ手を変えて復活してくると、1万円台のお客様が出てきた、2万円台、3万円という買い方も出てきた、と。一気に「やっぱり大丈夫なんだ」と思えて、次に進める。やはり、儲からないと駄目ですよね。
佐々木
儲かるということは、もちろん大切なのでしょうね。山田さんには「物を売る」という目的がきちんとありますよね。私は、そこをもう少しはっきりさせたいと思っています。それが見えてきたら、またご相談することになるのかな。
山田
ぜひ。日々やっている中で、発見したり、実現できたりすることが毎日あります。「一つずつやりましょう」と思ったら、毎日一つずつ、何かできるんです。
佐々木
そのためには、やりたいことがないといけない。AIについても、まず人がやりたいことを考えなければ駄目だ、と言いますよね。
最近は「僕は何がやりたいんですか」とAIに聞く、という話もありますけれど(笑)
対談を終えて
読者の関心から健康連載を考え、新聞の外へも仕事を広げてきた佐々木さん。人との縁をもとに、新しい事業へ踏み出してきた山田。男性更年期の体験から生まれたDANTES、健活手帖への展開、そして現在のECとAI。二人の会話には、企画が形になるまでの試行錯誤と、現在も変化に向き合う姿がある。
道具が変わっても、何をしたいかを考えるところから仕事が始まる。これまでのエピソードを振り返る時間は、以前は難しかった構想を、今ならどう実現できるかを考える時間にもなった。
PROFILE
佐々木 浩二(ささき・こうじ)
一般社団法人ジャパンフォワード推進機構理事。産経新聞社対外情報発信室室長。元「夕刊フジ」代表兼編集局長。
宮崎県出身。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1987年、産経新聞「夕刊フジ」入社。報道部で政治、経済、事件・事故、芸能ニュース等を幅広く取材。1994年から夕刊フジ紙面上でパソコン・デジタル関連の連載を開始し、1996年の夕刊フジ公式サイト「ZAKZAK」の立ち上げに関わる。ZAKZAKは同年に開設されたYahoo!JAPANに一般ニュースのほか芸能やスポーツの記事を多数配信。後のYahoo!ニュースの礎を築く。
1996年には、前年に発売されたWindows95のブームを受けて、夕刊フジ紙上で特集ページ「パソコンの達人」の連載を開始。紙面を作るのみならず、Yahoo!やDeNAとのオークション事業のほか、堀江貴文氏が買収する前の「ライブドア」とのプロバイダー事業等に取り組んだ。同特集ページはタイトルを変えながら2016年までの20年間続く超長期連載となり、連載をまとめた別冊雑誌も5冊発行した。それらすべての紙面・誌面、そして事業を編集長兼記者として指揮した。
2004年7月には、株式会社ファンコミュニケーションズとの協業で日本の新聞社としては初となる本格的ブログサイト「夕刊フジBLOG」を創設。同年のYahoo!主催「ウェブ・オブ・ザ・イヤー」にノミネートされるなど大きな話題を呼んだ(夕刊フジBLOGは2009年3月に終了)。
2006年には衛星デジタル放送「モバイル放送(モバHO!)」向けのニュース解説動画番組「夕刊フジTV」を企画。夕刊フジ編集局内に収録場所を設け、編集局の記者や編集長が当日の新聞記事について解説するというスタイルの番組を開始した。また、ネット動画にもいち早く進出。デジタル機器紹介の動画番組を夕刊フジ主体で制作し、Yahoo!動画の後継となる動画配信サービス「GYAO(ギャオ)」に配信した。
夕刊フジ内では、2004年に報道部次長、2005年に新事業部次長(兼務)、2010年に報道部部長に就任。2011年に発生した東日本大震災ではニュース全般を取り仕切った。
2013年から新規事業推進室室長に転じ、セミナー・イベント制作や新聞社の枠を超えた物販事業などに取り組む。大規模イベントとして、東京芸術劇場大ホールでクラシック・コンサートを主催。さらに、ゴジラ生誕60周年の2014年に製作されたハリウッド映画「GODZILLA ゴジラ」(ギャレス・エドワーズ監督)の公開に合わせ、東京・渋谷ヒカリエと大阪・あべのハルカスで大規模なゴジラ展「G博」を開催し、特別版「夕刊ゴジラ」も発行した。その間、健康やシニア関連のセミナーを多数開催。そのかたわら、「夕刊フジ・オレンジ世代新書」「ランチパスポート品川・丸の内・日本橋版」などの書籍も出版した。また、これも新聞社としては異例の居酒屋プロデュース事業「オレンジ世代酒場」を東京・新橋の串焼き店を皮切りに都内各地の居酒屋との協業で展開した。ほかに飲食事業としては、ファミリーマートとの協業で、おむすびの新製品も開発し、全国各店で発売した。
2017年に夕刊フジ編集局長、2019年に編集局長兼務のまま代表に就任。コロナ禍で新聞販売は苦戦したが、2020年にメンズヘルス専門サイト「DANTES(ダンテス)」を創設。2022年には台湾フードの専門店Bull Puluと協業で、「生姜小籠包」を開発・販売、2023年にシニア男女向けの健康情報とサプリ通販を合体させたサイト「健活手帖」を創設するなど、新聞販売に頼らない新規事業を模索し続けた。
2023年に夕刊フジ代表を退任し、シニアアドバイザーに就任。その後、2025年の夕刊フジ休刊に伴い、産経新聞社対外情報発信室室長に就任。同時に、産経新聞を母体にした英日バイリンガル・ニュースサイト「Japan Forward」を運営する一般社団法人ジャパンフォワード推進機構の理事に就任した。
お問い合わせ