INTERVIEW07

SPECIAL INTERVIEW

対談『吉田夏海が語る、モデル時代と今。』バナー。左に山田英之、右に吉田夏海。上段にegg、BLENDA、TGC、花王 リーゼ、YOGA、TikTok LIVEの写真

吉田夏海が語る、
モデル時代と今。

吉田夏海 × 山田英之

OUR GUEST

吉田夏海

NATSUMI YOSHIDA

山田英之

HIDEYUKI YAMADA

2008年、夏海さんが20歳の頃に始まったCURRENT。2026年の今、あれから18年がたちました。「あれ、何だっけ?」「忘れちゃった」。昔の仕事を一緒に思い出していたら、話は自然と、いまの暮らしやTikTok LIVEへ。『egg』『BLENDA』『PINKY』、広告やドラマの現場、そして自分の配信を運営する現在まで。吉田夏海さんと山田英之が、気楽に振り返ります。夏海さんの「マジで」「言うて」も、そのままに。

01

中学を卒業した次の日 ギャルに変身しました

2000年代の渋谷ギャルカルチャーを伝え、読者たちの憧れを集めた『egg』。夏海さんも、その時代に人気を集めた読者モデルの一人です。自身も最初は、友達が学校に持ってきた一冊に憧れる中学生でした。まだカレントに所属する前、モデルの仕事を始めた頃の話です。

山田

さて、『egg』は何で始まったんだっけ? 渋谷で声をかけられたんだっけ?

夏海

いや、違います。『egg』の編集部に遊びに行くっていう企画が、月に1回ありまして。そこに遊びに行ったんですよ。

渋谷には中3のときからいたんですけど、そのときはすごいパギャルだったんですよ。中学校って髪の毛を染めらんないから。メイクはしますけど、言うて、やっぱ半端じゃないですか。髪の毛黒いし。

山田

パギャルって何なの?

夏海

中途半端なギャル。ギャルになりきれてないな、みたいな感じの。

中3のときに友達が『egg』を学校に持ってきて、それを見て「ギャルってすごいかわいいな。私もこんなふうになりたいな」って。憧れて渋谷に通ったりしてたんですけど。

で、中学校を卒業した次の日に、髪の毛を染めて、エクステをつけに行って。「もうギャルになるぞ!」言うて、意気込んで行きまして。変身したんですよ、その日に。

山田

ほうほう。

夏海

「いい感じだな、よし、ギャルになれたぞ」って。自分的にね。

それで編集部に遊びに行って。そのとき、20人、30人ぐらい来てたのかな。その中から「いいね」って選んでもらって。その月に編集部から電話が来て、「いつ撮影来れる?」みたいな感じで、撮影することになったんですよね。

だから、きっかけは本当に、編集部に遊びに行くっていうもので。編集部の人たちに見つけてもらったっていう感じです。

山田

そこから毎月出てた?

夏海

そうそう。「本当に呼んでもらえるんだ」ってなって。2、3か月目で表紙。

もう、びっくりしましたよ。『egg』って表紙の候補を何パターンか撮るんですよ。だから撮影はするけど、どれが表紙になるかは分からない。それで選ばれて、「えっ、表紙!?」みたいな。

すごい早くて。運もいいですね、だから。

山田

本当だよね。タイミングも合ったし。当時の109は、何が売れてた時代かな。

夏海

もう、アルバローザですよ。高かったな、とっても。若い頃からしたらめちゃくちゃ高かったけど、やっぱギャルといえばアルバローザだったから。「買うしかないな」って買ってました。ハイビスカスの。ギャルといえばアルバでしょ、みたいな。

02

BLENDAへ そしてカレントが始まった頃

2007年に『BLENDA』での活動を始めた夏海さん。そのモデルマネジメントを原点に、2008年、カレントが生まれました。夏海さんが20歳の頃のことです。モデルとしてどう売り出していくか、事務所が方針を考え、編集部への顔見せを進めていた頃を振り返ります。

山田

そのあとが『BLENDA』だよね。事務所ができたのも、その頃だったかな。

夏海

そうですね。私が入るタイミングで、事務所を作るかどうかっていう話でしたもんね。多分。

私をモデルとしてどう売り出していくか、事務所がいろいろ考えて提案してくれたのは、すごいありがたいし。やっぱり、自分一人じゃ『BLENDA』の編集部にアポなんか取れないから。そこはもう、本当にありがたいんですけど。

事務所が編集部にアポを入れてくれて、私が挨拶しに行って。顔見せですね。そこで編集部の方に気に入ってもらえて。いや、本当にね、マジで多分、運がいいですよ。

山田

それで『BLENDA』に出るようになって。『BLENDA』も結構やってたよね。

夏海

めっちゃ表紙をさせてもらいましたし。『BLENDA』はやっぱね、長かったしね。

『BLENDA』では数多くの表紙を飾り、雑誌の顔として活躍。『egg』の人気読者モデルから、ファッションモデルとしてさらに活躍の場を広げていきました。

03

毎日毎日 目まぐるしかったっすね

『BLENDA』で活躍していた頃は、早朝から撮影に向かい、夜遅くまで仕事をして、翌日もまた早起きする日々。衣装を何着も替え、次々と撮影をこなしていました。一つひとつを思い出すのが難しいほど、あっという間に過ぎた数年間。その忙しさを、二人のやり取りが伝えます。

夏海

あの頃の2、3年は、もう本当に毎日撮影で、その繰り返しでしたね。何をしてたか覚えてないぐらい、あっという間で。結構忙しかったですもんね。

山田

撮影があれば朝もすごく早かっただろうし。5時とかに起きてたんじゃない?

夏海

いや、5時じゃないですよ。4時、3時とか。普通に夜も遅いし、そんでまた次の日も早いし。編集部に4時集合とかあったよね。夜も10時とかさ、寝れないじゃん。次の日もまた早いし、みたいな。

どうしてたんですかね、本当ね。若いからこなせてたけど。ロケバスで寝たりとかね、体力を温存して。

山田

タフだよね。そうやって考えると。撮影で、記憶に残ってることは?

夏海

最初の『BLENDA』の撮影は、印象に残ってますね。笑ったら「笑顔じゃなくていいからね」って。『egg』とは、また違う撮影現場だったんですよ。

『egg』では変顔したり、「ウェーイ」みたいな感じもあって。ファッションページももちろんあったけど、『BLENDA』ではまた違う表情を求められるんだなって。ファッションモデルの撮影ってこういう感じなんだ、っていうのは印象的でしたね。

夏海

あと、海外ロケとかね。サンフランシスコに行ったんですよ。ピクサーの紹介ページみたいなのと、メイクページの撮影で。

「海外行けちゃう。しかもサンフランシスコまで!」みたいな。うえー、みたいな。すごいですよね。

モデルさんって、こういう感じなんだ。ロケでいろいろ行けちゃうんだ、みたいな。あれはやっぱり印象的でしたね。

山田

すごいよね、本当に。

夏海

『egg』でもハワイとか、沖縄とかには行ってたんですけどね。

でも、日々の撮影は本当に、衣装を何体も何体も着て、こなしていく感じじゃないですか。言うたら。あまりにも目まぐるしすぎて、何が一番っていうのは、なかなか。

山田

何の撮影してるかわかんないって、よく言ってたもんね。ずっとやってるから。覚えてない時代かもしれないね。よく、アイドルの子たちが「この2年、3年ぐらい記憶がないです」みたいな。ちょっと近いものはあるかもしれないね。

夏海

そうですね。あるかもしれないですね。本当に毎日毎日、目まぐるしかったっすね。

山田

あ、それ言ってた。すごい言ってた。

夏海

それはそれでいいんですけど、やっぱ濃いギャルからだからさ。そのギャップはありましたよ。マジで。

04

花王リーゼ オーディションって受かるんだ

花王「リーゼ デザイニングジュレ」は、山田さんの記憶に、カレントが電通から初めて受けた大きな仕事として残っています。テレビCMへの出演に加え、商品のパッケージにも夏海さんの写真が使われました。二人で当時を振り返ると、夏海さんが思い出したのは、オーディションに受かったときの驚きでした。

山田

花王の仕事もあったね。電通の仕事に初めて行った、っていう感じだった。

夏海

リーゼの、あれですよね? あれって『BLENDA』のときじゃなかったっけ?

山田

パッケージのやつね。僕は『PINKY』の頃だったと記憶してるんだけど。

夏海

え、嘘、本当ですか? 記憶がない。あの髪型をしてたのって……『BLENDA』じゃなかったっけ? いや、分かんない。忘れちゃった。

山田

ちょっと怪しいんで、何とも言えないですけど。

夏海

でもオーディションに行ったのは覚えてますよ。

「オーディション受かった、すごー!」みたいな。「すごいじゃん、受かるんだ」って思ってました。ちょっとびっくりしましたね。

山田

そうそうそう。

花王リーゼ デザイニングジュレ ムーブアップのパッケージ全体
花王リーゼのパッケージ上部 商品名と吉田夏海の写真
花王「リーゼ デザイニングジュレ ムーブアップ」。パッケージにも夏海さんの写真が使われました。

05

歌に自分の名前が入ってる

雑誌の誌面を飛び出して、音楽の仕事にも縁がつながりました。COLORのミュージックビデオへの出演、そして、自分の名前が歌詞に入った曲との出会い。昔の仕事が、今のTikTok配信でも紹介する大切な思い出になっています。

夏海

COLORのPVに出たりとかもしましたよね。

山田

ありましたね。あと、夏海の名前が出てくる歌も。あれ、最初にソニー・ミュージックから電話があったんだよね。「所属のバンドが夏海ちゃんの大ファンで、曲を作ったんですけど、お名前を使わせてもらってもいいですか?」みたいな話から始まって。それが、ROOKiEZ is PUNK’D(ルーキース・イズ・パンクト)の「eggmate of the year」。

夏海

あれね。あれはジャケットでしょ? 歌の中にも名前が入ってて。あれは、今となったらめちゃくちゃ思い出に残る。めちゃくちゃありがたい。

本当、今も配信で流してますもん。「見て、名前入ってんだよ」って。

山田

あ、音源は持ってるよね。よかった。

夏海

持ってますよ。流せます。

それとは別に、PVにも出たじゃないですか。PVもやっぱりすごい印象的ですね。それまで出たことなかったから。

山田

確かに。あと、上海も行ったよね。

夏海

上海万博ですね。『BLENDA』で行きました。

そういうのもね、忘れてるけど、「行ったよね」みたいなさ、本当に。話してると「あったなあ」って、ちょっと思い出しますけどね。鮮明にはなかなか覚えてないなあ。

山田

確かに。

吉田夏海が登場するROOKiEZ is PUNK’D eggmate of the yearのCDジャケット
吉田夏海がギターと写るROOKiEZ is PUNK’D eggmate of the yearの別ジャケット
吉田夏海さんが登場する、ROOKiEZ is PUNK’D「eggmate of the year」の2種類のジャケット。

06

名前のある役で いきなりドラマの読み合わせ

2010年にフジテレビで放送された、坂口憲二さん主演の『刑事・鳴沢了〜東京テロ、史上最悪の24時間〜』。堂場瞬一さんの小説『讐雨 刑事・鳴沢了』を原作に、都内で続く爆破事件を追う刑事たちを描いたサスペンスです。矢田亜希子さん、遠藤憲一さんらが出演するこの作品に、夏海さんは滝川刑事役で参加しました。

撮影前の「読み合わせ」は、出演者が集まって台本を声に出して読む場です。初めてその席に着いたときの驚きを、夏海さんはよく覚えていました。

山田

ドラマは、『刑事・鳴沢了〜東京テロ、史上最悪の24時間〜』だったね。

夏海

それ、めちゃくちゃ印象的なんですよ。「ドラマに出ますよ」って言われて、「マジっすか?」みたいな。

「役に名前ありますよ」って。「本当ですか? 名前あるんだ。へー」って思ってたんですね。

そしたら「顔合わせに行くよ」みたいな感じで言われて。顔合わせってどんな感じ? 俳優さんたちのドラマの顔合わせとか、知らないじゃないですか。

行ってみたら、共演する俳優さんたちがみんないるし。テーブルが四角に並んでて。

山田

会議テーブルで、読み合わせみたいになってた。

夏海

読み合わせ、そうそうそう。「何これ、みんないるじゃん!」みたいな。読み合わせって、どういうこと? みたいな。

「何々役の吉田夏海です」って、そういう挨拶の仕方でしょ。いきなりですよ、マジで。いきなりすぎて、結構「えー!」ってなりましたよ。

山田

NHKの『七瀬ふたたび』もあったね。

夏海

ああ、あれは美容師役ですよね。多分、一言もしゃべってないと思う。映ってた。

07

ヨガの先生も 番組のMCも

その後、カレントからプラチナムプロダクションへ移籍した夏海さん。ヨガの学びや東京マラソンへの挑戦に加え、ROXYのイベントやテレビ番組のMCへと活動を広げました。好きだったヨガを教える立場になったこと、マギーさんと番組を進行したこと。モデルの仕事とはまた違う経験を重ねていきました。

夏海

ヨガの先生もやったりしてね。

何していこうかなっていうときに、「好きなことやったらいいよね」って。ヨガにハマってたから、先生になろうかな、やりたいなって思って。運動するのも好きだし。ヨガを勉強しに、ハワイのマウイ島に行ったんですよ。

山田

フルマラソン、してたよね、確か。

夏海

東京マラソンですね。フルマラソン。やったことなかったから、どんなもんか分かんなくてできましたけど。今やれって言われたら、全然やりたくないんですけど。まあ、いい思い出ですよね。

夏海

ヨガも勉強しに行って。でも、やっぱり3週間じゃ勉強しきれないし、難しいなって思いました。そのあとも頑張って練習して。

ヨガの先生って、山ほどいるんですよ。すごく知識のある先生もいっぱいいるし。難しいですよね。

そんな中でROXYと出会って、いろいろ呼んでもらって。ヨガイベントとかにも出させてもらいました。結構、ROXYにはお世話になりましたね。

山田

番組も出てたよね。

夏海

『ロケハン。』っていう番組。マギーちゃんと2人でMCで、ゲストの女の子が1人か2人来て、女子会みたいな感じの。

山田

3、4人で話す番組だったね。

夏海

朝から夜まで2本撮りで、本当、大変でしたけど。いろんな体験とか経験とか、させてもらいましたね。

それも、まさか番組のMCに選んでもらえると思ってなかったから。「MCですか?」みたいな。「できんのかよ」って感じじゃないですか、普通に。

すごく貴重な経験ですよね。

08

あーちゃんが生まれて TikTokライブを始めるまで

フリーランスでの活動を経て、息子の「あーちゃん」が生まれてからは、子育てが生活の中心に。再び仕事を始めようと考えたとき、声をかけてくれたのは『BLENDA』時代のモデル仲間でした。かつて撮影の現場でできたつながりが、TikTokライブという新しい仕事のきっかけになります。

夏海

そこからフリーランスですね。InstagramのPRをやったり、ヨガをやったり。

そのあと、あーちゃんが生まれて。コロナ禍だったから、ヨガの先生もそこでやらなくなって。

そこからは本当、目まぐるしい日々ですよ。ほぼ記憶がない。ちゃんと一日一日、育てていけるか、とりあえずそればかりでしたね。

山田

本当ね、そうだよね。

夏海

あーちゃんが3歳になるまでは、ずっと一緒にいたから。そろそろちゃんと働かなきゃなって。いよいよ保育園に入れるかっていうことになりまして。

そこから、何するかっていう話で。『BLENDA』のモデルの友達が、TikTokライブに誘ってくれたんですよ。「やろうよ」って。

いやいや、何それ? みたいな。知らんから、その世界。

山田

ある意味、苦手だと思ってた領域だったんだよね。一人でしゃべるのは大丈夫だったのかな?

夏海

いや、でもね、私これ平気なんですよ。テレビとかって、かしこまっちゃうんですよ。

一人だと全然フリーで、本当にしゃべれるんですよ。だから逆によかったんですよね。一人でずっとしゃべってる。

山田

発揮できたわけだなあ。

夏海

そうそう。もうTikTokライブを2年10か月ぐらいやってるから。こんなに続くとは。

09

TikTok LIVEのトップクラスへ

「『egg』の夏海ちゃんですか?」。配信には、モデル時代を覚えている人も訪れるそうです。毎日顔を出してくれる人も、初めて立ち寄る人もいる。話は次第に、配信を続ける中で生まれたリスナーとの関係へと移っていきます。

山田

ここで、ずっと積み重ねてきたいろんなことが形になってるんだね。

夏海

そうですね。配信してると「『egg』の夏海ちゃんですか?」「『BLENDA』の夏海ちゃんですか?」って言ってくれる人が、いっぱいいるから。

知ってて来てくれると、入りやすいじゃないですか。そういう意味では、積み重ねてきたものがあってよかったなって思います。

山田

それが今、収益にもつながってる。

夏海

そうです、そうです。本当に。

山田

ラジオのレギュラー番組とか、帯番組みたいなものかもしれないね。いつもの時間に、いつもの人が話してる。聞く人のルーティンになってるというか。

夏海

そうですね。一つのチャンネル。やっぱり、楽しいから続けてられるっていうのは、もちろんあるし。

山田

聞いてくれてるリスナーさんがいるっていうのは、すごく心強いよね。

夏海

それでしかないですよ、本当に。毎日配信してると、すごい感動するんですよ。

山田

よく泣いてるもんね。あれは何なの?

夏海

そうそうそう。すごいんですよ、マジで。今こうやって配信できてるのは、みんながいてくれてるからだし。そういうのを考えると、本当に感謝だし。「ありがとね」みたいになると、泣けるんですよね。

山田

新しく見に来てくれる人もいる?

夏海

ちらほら、いるんですよ。「初見です」って。いろんな配信者を見てきた中で、私の配信で足を止めてくれる人もいるし。

でも、いつも来てくれるイツメンも、毎日毎日のことだから。

山田

いつもの……メンズ?

夏海

いつものメンツ。

山田

なるほど。それはTikTok用語なの? 初見とか。

夏海

いやいや、普通にライブ配信の用語なんじゃないですかね。私も分かんなかったですけどね。

いつもいつも、その人たちに引っ張ってもらうわけにはいかないじゃないですか。毎日応援するのも大変だし。だから、新しい人も入ってきてくれるとうれしいですね。

山田

今、全体のランキングとかあるの? TikTokって。

夏海

あります、あります。D、C、B、Aってあって、A1(エーワン)リーグが一番上なんですけど。一応A1にはいるんですが。でも、やっぱりキープするのはすごい大変だから。

山田

すごいじゃない。

10

ゆるりとね 自分のペースで

TikTok LIVEでトップクラスの実績を上げる夏海さん。もう一つ印象に残るのは、自分で配信を運営し、続けていることです。自分の言葉で話し、見に来てくれる人と向き合い、続けられるペースを考える。夏海さんの「ゆるりとね」という言葉には、長く仕事をしてきた人ならではの、自分との付き合い方も感じられます。

夏海

難しいんですよ、本当。まあでも、めげずにやるっていうのがコツですね。

山田

自分の番組をどう運営していくか、ということなんだろうね。

夏海

そうですね。いろんな企画をしてる配信者さんもいて、すごいなと思うんですよ。楽しんでもらえると思うし。自分は、それはなかなかできないから。

まあまあ、ゆるりとね。無理してやると続かないし。だから、もう無理とかしてない。自分のペースでやってます。本当にそれが一番かな。

山田

レギュラー番組って、多分そういうことなんだろうね。

夏海

そうですよ、本当に。続かないですよ。

山田

確かに。継続は力。

夏海

うん、そう。マジで。それです、本当に。

『egg』で人気を集め、『BLENDA』では数多くの表紙を飾り、『PINKY』でも活躍した夏海さん。TGCや広告、ドラマ・バラエティ、ヨガ指導と経験を重ね、今はTikTok LIVEでもトップクラスで活躍しています。視聴者との関係を育てながら、自分の配信を自分で運営し、成果につなげている。その現在の姿に、18年の間に積み重ねてきた力が表れています。

カレントが始まった2008年、夏海さんは20歳の頃でした。それから18年。雑誌を見ていた読者が、今は配信に会いに来てくれる。カメラの前に立ち、人と向き合ってきた経験は、新しい場所でも生きているのでしょう。話せば今も「マジで」が飛び出す、気取らない夏海さん。その親しみやすさを残したまま、自分の仕事を続ける姿が頼もしく映ります。

PROFILE

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吉田夏海プロフィール

吉田夏海(よしだ なつみ)

『egg』の人気読者モデルとして活動を始め、『BLENDA』『PINKY』などのファッション誌で活躍。『BLENDA』では数多くの表紙を飾る。TGC、広告、テレビドラマ、商品コラボレーションなどを経験し、ヨガインストラクターや番組MCとしても活動。現在はTikTok LIVEでの配信を続け、対談時点ではトップクラスのAリーグの最上位に在籍。気取らない語り口で、リスナーとの交流を楽しんでいる。

Instagram / TikTok / X

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山田英之プロフィール

山田英之(やまだ ひでゆき)

株式会社カレント代表取締役。2008年にモデル事務所としてカレントを設立。第一号の所属モデルが吉田夏海でした。

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